……少し不安はあるけれど、ウミガメモドキなら女王様のおやつとか作っているだろうし、お城のお抱え料理人だから料理の腕もいいはずだ。
まずは相談しに行ってみるだけ、行ってみよう。
そう決めると私は立ち上がった。
「チェシャ猫、私ちょっと出かけてくるね!」
「僕も行こうか?」
「えっと、ううん、留守番お願いできる?」
チェシャ猫はうんと言うかわりに少しだけ喉を鳴らした。かわいそうな気もするけれど、でもやっぱり、当日になって驚かせたい。
私はチェシャ猫に手を振って部屋から出た。
引っ越す前とは地形が違っているけれど、この国は私の環境に合わせて変化していくみたいで、帽子屋達がお茶会を開いている公園も近所の公園になっていた。
とりあえずそこに行ってみるけれど、今は3時じゃないからお茶会の二人はいない。
土管を潜ろうとすると、そこに聞き覚えのある声がした。
「……アリス、アリスじゃないか」
「え?」
きょろきょろと見回してみるけれど、誰もいない。
どこから?
そう思っていると、少し離れた下の方から、また声がした。
「ここだよ、下だ」
「下……? あ!」
視線を下に落としてみると、そこには芋虫がいた。相変わらず寝袋にくるまっている。
しゃがみこんで、私は芋虫に話しかけた。
「久しぶりだね!」
「ああ。アリスも元気そうで何よりだ。それよりどうしたね、何か用事かい?」
「うん、女王様のお城にね」
「ああ、それで土管を……」
納得したように頷いた芋虫は、けれどもまた首を傾げた。
「はて、女王様のお城に行くのは解ったが、……お前さん一人だけかい?」
「うん、そうよ」
「お前さん、海が渡れなかったんじゃないかね」
「……あ!!」
そうだ、そういえばそうだった!
向こうに行くのはいいけれど、私は赤い海の上を歩けない。
チェシャ猫だって、今は首だけだから無理だ。
……どうしよう。こんな単純な事を忘れていたなんて。
頭を抱えて考えて込む私に、芋虫が慌てたように言った。
「しかしアリス、女王様のお城へ行きたいんだったら他にも道はあるぞ」
「えっ! 本当!?」
「ああ。そこにジャングルジムがあるだろう」
芋虫が指した方向を振り向くと、確かに公園の中央には小さなジャングルジムがある。
「その一番上に登って、真ん中から下に下りてご覧」
「え……でも、地面に着くだけじゃない?」
「まあいいから、やってご覧」
「……うん、解った」
他に方法はないんだし、まずは試してみてもいい。
私は言われるままにジャングルジムに登った。
何だかジャングルジムに登るのも久しぶりだ。子供の頃はよくこうして遊んでいたんだけど。
一番上まで登り、真ん中の方へ行ってそこから下を覗くと、やっぱり、そんなに遠くない所に地面がある。
……とりあえず、降りてみよう。
足場に注意しながら、一段ずつゆっくりと降りていく。
そしてもう少しで地面に着く、と思ったとたん、ずるりと足が滑った。確かに足の下に感じていたはずの骨組みから、足が滑り落ちる。同時に手まで滑り、私は落下した。
「きゃあああ!!」
どすん、と来る衝撃を予想して思わず眼を閉じていたけれど……そんな衝撃は、いつまで経っても来なかった。
「…………?」
恐る恐る眼を開いてみると、……そこは、暗い穴で、私は今そこを落下している最中だった。
上を見上げると、遥か遠くにぽつんと白い丸がある。あそこから落ちてきた?
どういうことだろう、ジャングルジムの真ん中には眼に見えない穴でもあったんだろうか?
それにしてもこの感覚……井戸を落ちるあの感じに、よく似ている。
もし、落下した場所が固いコンクリートの上とかだったら……。
嫌な想像を振り払うように、私は頭を振った。
とにかく、何処かに着くはずだ。
しばらく落下を続けていると、突然どすんと衝撃を感じて私はそこに転がり落ちた。
「いたたたた……」
強く打ってしまったお尻を押さえて起き上がる。
何処についたんだろう?
辺りを見回すと、見覚えのある風景。
「……お城の前だ!」
そう、そこは女王様のお城の前だった。
長く伸びていた草のお陰で、あんなに長いこと落ちたのにお尻が痛いだけで済んだんだ。
芋虫の教えてくれた道は正しかったんだ。
ここにはいない芋虫に、心の中で感謝をする。明日、芋虫にもチョコレートを持っていこう。……小さめのを作った方がいいかしら。
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