口裂け女――…誰でも一度は耳にしたことがあるだろう。 耳元まで口が裂けており、姿を目撃した人に「わたし綺麗?」と聞いてきて、綺麗だと言うと「あなたも綺麗にしてあげる」と言いながら手にした鎌で口を裂き、綺麗じゃないと言うと怒り狂って追いかけて鎌で刺してくるという、現代の都市伝説のひとつである。 さて、我々取材班は、その口裂け女の亜種――.“口裂け男”が出没するとの情報を聞きつけて、この街にやってきた。 見かけは普通の街である。公園のある静かな住宅街があり、繁華街にはホテルやクレープ屋、ファーストフードといった店が立ち並ぶ。 だが、繁華街の裏に行くと少し寂れた景色が広がっており、火事のあとが無残に残る廃ビルなどが忘れ去られたように建っている。 情報によると、口裂け男は定まったエリアに出没しているらしい。我々はその足跡を追いつつも、通行人にインタビューをしてみることにする。 1、学校 ここは何の変哲もない高校である。情報によると、口裂け男は最初にここに出没したらしい。 校内はすでに無人である。生徒はみな帰ったようで、施錠がしてある。我々も中へは入ることが出来ないので、外観から見てみることにする。 四階建ての校舎で、特別変わったことはない。 ――と、そこに人が通りかかったので、早速口裂け男について聞いてみた。 通行人O:口裂け男? ああ、あいつね。あいつのお陰で絆創膏は増えるはアリスは食えねえはで散々……あ、アリスの事は、そのっ、オフレコで、なっ!? あの後? あいつなら、俺たちのアリスを連れてホテルの方へ行ったよ。 通行人H:親方ぁー、アリスはまた来てくれますかねえー? 通行人O:さあなっ それより仕事だ仕事、女王様の新しいドレスを作らにゃならねーんだから、忙しいんだよ。それだけだろ? もう行ってくれ ――職人肌の男性は我々の取材に答えた後、服飾作りに戻って行った。しかし、“アリス”なる人物は口裂け男と何か関連を持つのだろうか? 我々は男性から得た情報を元に、ホテル・ブランリエーヴルへ向かうことにした。 ――男性のサイズがひどく小さかったり、ハリネズミが喋っていたりしていたような気がするが、気にしないことにする。 2、ホテル・ブランリエーヴル ホテル・ブランリエーヴルに着いた。このホテルは中に結婚式場やレストランなどがあり、地下にはショッピングモールも備えてある。我々取材陣はホテルのボーイに取材をしてみた。 ボーイ:口裂け男? ああ、はい。彼のことならよく知っています。は? いえ、そんな危険という……ほど、では……無い、と思います……はい……。僕らは、その、少しだけ怖いですけど。公爵夫人の食欲に比べたら、ええ。アリスに害をしないものだったら、そんなに酷いことはしないと思いますし……。 え、行き先ですか? 確か、廃ビルの方だったと思いますよ。 ――ボーイは妙におびえたふうでもあったが、“アリス”なる人物に関わらなければそれほど恐れる必要もなさそうだった。べっこう飴は必要ないだろうか。 我々取材陣は、次なる場所を目指すことにする。 ……ボーイがカエルだったような気もするが、そんなことは取るに足らないささいな事だろう、きっと。 3、廃ビル この廃ビルは、繁華街の裏手にある、火事の焼け跡がそのまま残るビルである。見るからに不気味な雰囲気が漂い、我々に自然と緊張が走った。 ビルの二階に行くと、その一室に一人の人物がいた。我々はその人物に話を聞いてみた。 人物B:……口裂け男? ああ、導く者ですね。はい。私は真実の番人ですから、彼のこともよく知っております。 危険、と言えば危険でしょう。ですが、安全といえばまた安全でもあります。真実とは側面を持つものなのです。 彼の行き先ですか。お茶会の方にアリスを導いて行きましたね。 ――人物は薄く笑みを浮かべながらそう言った。静かな口調に言い知れぬものを感じ、我々取材班はそうそうに廃ビルを後にした。 どうやら口裂け男は“アリス”なる人物をどこかに導いているようである。我々は“アリス”と口裂け男の後を追うことにした。 人物の舌が二つに割れていたことなど、あの人物も恐ろしい何かであったのではないかとの不安が我々を襲うが、それも知らなかったことにした。 4、公園 公園についた頃にはすっかり暗くなってしまった。これでは後を追うのも難しい。我々はしばらく迷ったが、公園内に人影を見つけたので、彼らにインタビューを試みた。 人物B:口裂け男ォ? ああ、あいつだな。あいつはタチが悪ィぞ! 俺たち、エンディングによっちゃあいつに●●されちまうからな! 人物N:ぼく……ら、のアリ……スを……み…ち…… 人物B:そうそう。導く者なのによ! 行き先? 女王様の城に行って、戻ってきた時にそこの薔薇園に入ってったぞ。でも今は3時だから、バラが襲ってくるぜ。その後? 多分、アリスの家だな。アリスの家がどこかって? そりゃあアリスの家のあるところさ。そんなの、ジョーシキじゃねえか。住所? なんだそれ。 ――どうやらこの人物は、“アリス”なる人物の自宅の住所までは知らないようである。途方にくれた我々だが、人物Nからの情報で、その後口裂け男は病院に出没したと判明した。早速病院に向かうことにする。 ……人物Nがネズミだったような気もするが、見なかったことにする。 5、病院 我々は情報の病院へ来ていた。大きな病院である。早速インタビューをしてみるが、なぜか人影が見当たらない。ここへ来てまた途方にくれる我々の前を、ふと一人の人物が横切った。我々はその人物に取材を試みた。 人物Y:口裂け男……? やだな、そんなの初めて聞きました。え? ここには入院している友達がいるから、お見舞いに来たの。その子の誕生日だから、とびっきりのプレゼントをあげるって約束したんです。……“アリス”? ……さあ……私の友達の名前に似ているけど……ふふ、知らない、です。じゃあ私、亜莉子が待っているから行かなきゃ……。 ――最後にここに来て、情報を失ってしまった。これ以上の足取りは追えないだろうと判断した我々取材陣は、こうして病院を後にしたのである。 最後にインタビューをした人物Yの眼が、途中で赤くなったような気もするが、それも光の加減だろう。多分。 こうして我々の口裂け男追跡調査は終わった。 とうとう口裂け男の正体も、“アリス”なる人物の正体も解らぬままに終わったが、また来年こそはきっとその正体を突き止めてみせる。 そう決意した我々であった――…。 |